◆ 大手企業で心が折れた日

小さなルール違反が僕1人の責任になりかけた話

■ 異動して2年。違和感は少しずつ積もっていた

前の部署は厳しさと温かさが共存していた。
責任感のある人ばかりで、怒られもするけど筋は通っていた。

でも異動先は違った。

・小さなルール逸脱は日常化
・改善より「まぁええか」の文化
・冗談の多い僕は少し目立つ存在だった

7〜8人の段取りを回す立場で、
自分でも扱いにくい部分があったのは認める。

それでも、普通に仕事は続けられていた。

あの日までは。


■ クレーム発生。ヒアリング対象になったのは3人

問題の作業は通常3人で回すもの。
しかしその日に限って僕だけ他作業に応援で呼ばれていた。

(この時点で少し胸がザラついた)

クレーム後、ヒアリング対象は

✔ 段取り役2名(僕含む)
✔ 班長1名

3人で行われた。

僕は応援に行ってたから、僕だけ遅れてヒアリングしたっていう


■ 完成した報告書にあったのは、僕だけの名前だった

報告書作成は上司が担当。
僕は作成には一切関わっていない。

ただ後日完成版を見ると、そこには

・ルール違反をしていたのは僕1人
・「みんなやってる」と思い誤りを犯した
・他2名は問題なし

そんな主旨が明記されていた。

胸が凍った。
「事実と違う」と声に出すより先に、言葉が喉で止まった。


■ 報告会当日──僕だけが一般作業員の扱いに

ホワイトボードと資料が現場に貼られ、
工場長・部長・課長・係長・班長まで約30名が集結。

会議室じゃなく現場、その空気は異様だった。

僕は段取りの役割から外れ、
当日は一般作業員として現場に配置された。

他2名は定時で退勤。僕だけ残された。

その瞬間、悟った。

「矢面に立つのは…俺か」


■ ただ、救いはあった

夜勤入りの同期が来て笑いながら言った。

「お前売られたらしいな(笑)
でも他部署からも『助けたれ』って声上がってるで」

僕は嫌われてると思ってた。
でも実際は違った。
顔も繋がりもちゃんと残っていた。

その後、資料はすぐに修正され
「僕一人の責任」にはならなかった。

でも──心はもう限界だった。


■ 翌朝から出勤できなくなった

係長に「休みます」とだけ伝え、
その後1週間は連絡を絶った。

音が刺さる。光が重い。眠れない。
ただ横になっていた。

1週間後、課長とマクドで話した時
言われた言葉を今でも覚えてる。

「もっと早く向き合えたら良かったな。
遅かったわ。すまん。」

課長は僕を評価してくれていたし、
出世も考えてくれていたらしい。

でも歯車はもう噛み合ってなかった。

診断書を提出し、傷病手当へ進んだ。


■ 壊れたことが、人生の再スタートになった

今はタイル職人に出会い、ブログを書き、挑戦している。
あの時がなかったら今はない。

壊れたことは人生の終わりじゃなかった。
組み直す始まりやった。


▶ 同じように苦しんでいる人へ

・理不尽でも何も言えないことがある
・声を上げても届かない事もある
・でも逃げることは悪じゃない

心を守ることは、人生を守ること。

俺は一度壊れたけど、今はまた立ってる。
だから大丈夫。人間は再構築できる。

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